"最後にして最初の二人"
『シルバーガン』本編終盤、バスターとレアナは人類最後の生き残りという存在になります。ですが運命は残酷でした。二人は「石のような物体」によって、共に命を失ってしまいます。 その後、残されたクリエイタの手によって、バスターとレアナのクローンが再生されます。それも単なるクローンではなく、オリジナルの「生まれ変わり」であると示唆される存在として生まれてきます。 二人のクローンは全ての人類の祖となる訳ですから、この『シルバーガン』というゲームに登場するキャラクターは、元を辿れば皆、バスターとレアナの子孫となるのです。二人はいわば「全ての人類の父母」と言っても過言ではないでしょう。 しかしここで奇妙な現象が起きます。それは人類の始祖であるバスターとレアナと全く同じ遺伝子を持つ存在、つまり26世紀のバスターとレアナが再び生まれてくるのです。 ゲームのシナリオを辿れば、26世紀のバスターとレアナこそが「オリジナル」で、始祖であるもう一組のバスターとレアナは「クローン」です。ですが、歴史がループしている世界であるが故に、「クローン」の末裔として「オリジナル」が生まれてくるという逆転現象が起きているのです。一種のタイムパラドックスとも言えましょう。 シビアな見方をすれば、26世紀にバスターとレアナが生まれてくる理由は、再びこの二人(正確にはクローン)を人類の始祖とすべき状況=歴史のやり直しのためなのかもしれません。全人類がこの二人から始まっているという歴史を考えれば。 けれど、それだけではないのではないかと私的には思うのです。26世紀にバスターとレアナが生まれてきても、それは歴史のリセットが決定したことを意味するだけではないのではないかと。 26世紀のバスターとレアナが若くして命を落とさず、二人がその生を全うする時こそ、『シルバーガン』の世界が「歴史のループ」から脱する時なのではないでしょうか。即ち、何度も何度も全人類の父母として転生する宿命から二人が解放されること=歴史のループの必要がなくなったことではないかと。 最後に個人的な思いですが、26世紀のバスターとレアナがその転生の宿命から解放されたとしても、やはり二人は結ばれるべき存在なのだと願いたいです。宿命から解放されても、二人が人類にとって、いわばアダムとイヴと言うべき特別な対の存在であることには変わりないのですから。 |