おくすり 千一夜 第百九十九話
本当なら嬉しいな! 副作用零%の癌免疫 BAK 療法
2003年10月24日の科学新聞に、副作用もなく延命効果も期待できるガン免疫療法の啓蒙書「免疫細胞BAK療法 ・ がんと共生しよう」(光雲社2003年5月発行)が紹介されておりました。著者は海老名卓三郎先生、宮城県がんセンター研究所免疫部長。帯封には「高度進行癌に対しても副作用0%、有効率75%の世界最新・免疫細胞BAK療法。あなたは副作用80%、有効率30%の化学療法を選びますか!」とありました。
科学新聞の書評ですから、商業新聞広告欄の誇大広告とは違います。読後感を紹介する前に、先ずガン研究のこれまでの流れを紹介しておきましょう。ガン治療は、この半世紀、失敗の繰り返しでした。我が国でも戦後「ナイトロミン」を初め、数多くの制癌剤が開発されてきました。その殆どが正常な細胞に対する毒性が強いために消えて行きました。最近話題をさらった夢の新薬、分子標的抗がん剤「イレッサ」も開発初期の素晴らしい宣伝とは裏腹に致死性の毒性のあることが明らかになってしまいました。制癌剤に共通して言えることは、抗生物質が細菌のみに毒性を発揮し、人間に殆ど毒性を示さないのに対し、制癌剤は宿主である患者にもダメージを与えてしまい、選択毒性の低いことです。筆者も現役の頃、この毒性軽減のため DDS(Drug Delivery System)の手段を用い、新製剤開発を試みた経験があります。研究の流れは化学療法剤の開発に限界を感じてか、一時ガンの免疫療法が盛んに検討されたことがありますが、最近の関心はガン遺伝子の検索に向かっているようです。
癌は人体の代謝再生の過程で、ある確率で突然変異で出現してくるものです。発現因子の代表がタバコでしょう。出現したガン細胞の殆どは生体の防御機構によって捕らえられ、癌として成長するに至りません。ですから防御機構である免疫能を健全な状態に維持することが癌の予防法と言えましょう。不幸にして癌が発生してしまった後でも、免疫能が維持されていれば延命につながると考えられます。
さて問題のBAK療法(生物製剤活性化キラー療法)なるものは、現在普遍的に用いられている治療法ではありません(Ebina et. al : Cnacer Immunology, Immunotherapy Vol.52.No.9. P555〜560. 2003)。誰にでも使える普遍的な薬と違って、患者さんから血液を採取・加工し、それを戻す療法なのです。東北の一地域での治療法ですが、一見を要するものと思われます。そこでBAK細胞の由来と製法と治療法について紹介しましょう。現在保健に適応されませんが、副作用の無いのが魅力です。
この治療法では腫瘍マーカーIAP(Immuno suppressive Acidic Protein : 免疫抑制酸性蛋白)の誘導能を指標にしています。IAPは免疫担当細胞であるマクロファージや好中球が産生しています。また腫瘍の発生に伴って産生されるIAPと、炎症時に生ずるIAPとは構造が異なるそうです。BAK療法を行なったIAP
580μg/ml以下の患者と、580以上の患者では、平均延命が 4.6 対 25.1月となりました。これは免疫能の高い低いで延命率が大きく異なることを意味します。この療法は免疫能の賦活に基ずくものなのです。
BAK細胞(リンパ球)の製法は、まず、1.癌患者さんから、血液20mlを採取します。2.血液中の白血球(リンパ球約3000万個)に固相化抗CD3抗体(5μg/ml)と、 IL-2(700/ml)(インターロイキン-2)を加えて培養します。3.さらに自己血清10%入りの培地で1週間培養し、増殖させます。4.更に無血清アリス培地(Artificial Lymphocyto Stimulation)に IL-2(175U/ml) を加えたものと、(3)の培養液とを、ガス透過性バック(1L)に移し、5%CO2ガス培養器で培養します。5.一週間増殖させ約100億個に増やします。6.無菌と、エンドトキシン活性の有無を確認します。7.IFN-α(2500U/ml)(インターフェロンN-α)、IL-2 (1000U/ml) を加え15分間処理します。8.処理したものを 200ml の生理食塩水中に約1010個のBAk細胞を入れ、点滴静注で患者さんに戻します。製造には2週間が必要で、月1回の投与を4回行なうそうです。
BAK細胞の中味はγδT細胞というリンパ球です。これは利根川進博士が発見したリンパ球で十歳前後の子供では多いのに五十五歳以後では三分の一程度に減少しているものです(Biotherapy No11,241,1998.)。γδT細胞はキラーT細胞と異なり白血球の型に関係なくガン細胞を殺していることを海老名先生は見出しました。またインターフェロンで15分処理するだけでリンパ球のNK細胞活性が増強することを見出しました。NK細胞はγδT細胞と同様に白血球の型に関係なくがん細胞を殺す自然の殺し屋細胞なのです。本治療法は血液の癌である白血病やリンパ腫、またウイルス性肝炎の患者には適用できません。
一般論として、早期発見切除で転移がない場合以外、癌に完全治癒は有りません。切除したことで残っている転移癌が活性化されることもあると言われています。効果の指標は5年生存率で判断されているようです。ならば延命率が同じ場合、制癌剤の副作用で苦しむより、副作用がなく有効率75%と言われている免疫療法のほうが、患者さんにとって幸せではないでしょうか。
筆者がこの免疫療法に興味をもつには、もう一つ理由があります。同じ頃、昨年10月22日の読売新聞に日本医学界会会長の森亘先生の「論点」が出ており、外科病理専門の先生が「患者の運命を握る怖さ」について解説されておりました。同じ言葉を友人の病理学者からも聞いたことがあります。友人は「私の判断一つで患者の足や乳房が無くなる」場合のあることを述べておりました。病理標本で癌が典型的な形をしている場合は別として、それがどんな程度の悪性度で進行性のものなのか、それとも進行の遅いガンモドキなのか、その判断基準がどんなものなのか、知りたいのは筆者だけでけでしょうか?
ふと昔話の「こぶとり爺さん」を思い出しました。踊りのうまい爺さんのこぶは良性で、踊りの下手な爺さんのこぶは悪性の癌だったのでしょうか?
追補 : 2004年4月22日の読売新聞に、がん免疫療法に関する最近の動きが紹介されました。記録に留めるために全文を掲載しておきます。
がん免疫療法 分子レベルで解明進み臨床研究が本格化 編集委員 平山定夫
文部省は四月から基礎研究を土台とした新しい免疫療法の開発をめざすプロジェクトをスタートさせた。全国の研究者から有望な治療法を公募し、五年計画で進める。成果を治療に結びつけるため、治療計画の作成、有効性の判定は臨床研究情報センターが一括して行なう。基礎研究を実用化して治療成績の向上に結びつけるのは、今月から始まった「第三次対がん十ヵ年総合戦略」の柱の一つにもなっている。
健康な人でも、時どきがんの芽が発生し、免疫がその芽を摘み取っている。この監視の目をのがれ、成長したのががんだ。大きな塊になると免疫を抑える物質も分泌する。がんを攻撃する患者の免疫力を何十倍、何百倍にも高めるのが免疫療法で、抗がん剤などに比べ副作用が少ないとされる。
免疫療法の臨床研究などに取り組む医師、研究者で組織する基礎的癌免疫研究会の高橋利忠会長(愛知県がんセンター研究所長)が最近おこなったアンケート調査では、文科省のプロジェクトとは別に、現在少なくとも全国で十八のグループによる六十件以上の研究が計画中か実施されている。
免疫療法への関心の高まりは過去にも何回かあったが、生命科学の飛躍的発展があることが、これまでとは異なる。国立がんセンター研究所の若杉尋・薬効試験部長は「免疫の仕組みが分子レベルで明らかになり、科学的根拠に基づいてやろうという機運が盛り上がってきた」と語る。
現在進められている臨床研究では、久留米大の伊東恭悟教授らが開発した「オーダーメイド・ワクチン療法」、谷口克・理化学研究所免疫アレルギー科学総合研究センター長らの「NKT細胞療法」などが注目されている。
伊東教授らは、がん細胞から採ったがん抗原から多種類のワクチンを作製、治療では患者の免疫が反応するワクチン(オーダーメイドワクチン)数種類を注射する。様々ながん患者三百人以上に試み、ホルモン療法が効かなくなった前立腺がん用のワクチンは本格的な治験を国に申請中だ。
谷口センター長らは、がん殺傷力が強い新しい免疫細胞(NKT細胞)と、この細胞を活性化する物質を発見した。藤沢武彦・千葉大附属病院長らと肺がん再発予防などの臨床研究を進めているが、こちらは幅広いがんへの効果が期待できそうだという。高橋会長らも、骨髄移植の研究成果を生かした白血病再発予防法を開発し、臨床研究に備えている。
自分の免疫力でがんが治れば理想だが、免疫療法には限界もあり、「免疫療法だけで、がんの塊をなくすのは無理」(谷口センター長)という専門家が多い。二次がんを含めた再発予防、微小な転移がん殺傷などが、期待できそうだという。
がんになったことのある人は現在約参百万人と推定されている。その多くが再発・転移を心配しており、効果的な再発予防に結びつくだけでも意義は大きい。手術や副作用の少ない抗がん剤との併用も考えられる。
現在、民間のクリニックなどでは様々な免疫療法が行なわれている。がんに効くというキノコ類なども市販されているが、玉石混交で患者の間に混乱も起きている。「一般の人にも、科学的根拠の乏しい方法との違いを理解してもらいたい」と高橋会長は語っている。
日本の免疫学は世界でもトップレベルにある。日本発の優れた免疫療法の誕生に期待をかけたい。
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