おくすり千一夜 第百九十三話
 
論文博士制度は課程博士の教育を圧迫しているか?

 2003年6月20日の科学新聞に「論文博士制度の廃止を」と題した論説記事が掲載されました。松尾研究会が提案しているもので、大学院博士課程改革のための10提案ー高度かつ創造的な教育研究の発展的展開を目指してー(http://matsuo-acad.or.jp ) とあり、十項目の提案を行なっております。松尾学術振興財団は十年ほど前から学術的な問題について毎年提案を行なっております。今回の提案は11回目の提案です。
 提案の第一は教育研究指導体制の強化、第二は人材の需要/供給の不均衡の解消、第三は論文博士制度の原則廃止、第四は専門職大学院制度の拡大、第五は博士研究員(PD)の位置付けの明確化、第六は育英奨学金制度のあり方、第七は若手研究者に対する各種支援の拡充、第八は組織運営システムの改革、第九は教育評価システムの構築、最後の第十は、博士学位取得者のための市場価値の確立です。筆者が関心を持ったのは第三と第四の項目でした。
 第四の提案とは、「法科と同様医学・歯学でも、修了者に医学博士・歯学博士の学位と医師・歯科医師の国家試験受験資格を与える独立の専門職大学院の創設」とあり、「この制度では生物系の4年制の学部修了者に対して、更に4年間の医学教育を行ない、現行の6年制医・歯学部を廃止する。専門職大学院移行により、臨床医が論文博士取得のために起している混乱した現状を一挙に解決し、臨床医か科学者かの進路選択が可能になる」とあります。
 この制度は欧米ではすでに実施されており、我が国では、臨床医が肩書きとして博士号を欲しがる傾向が強く、これが現行制度の歪みとなっています。一方、基礎医学に進む学生は極度に減少し、優秀な若手研究者は欧米に流れ、さらに医療事故の多発があります。有名な江橋先生によりますと、「臨床分野のみで博士の学位取得可能な臨床医は100人に1人」とのこと。ネズミの尻尾で学位をとっても、臨床には直接役立ちません。しかし、若手医師が学位取得のために多くの時間を割いている現状が、医療ミスに繋がると考えられています。ですから、筆者もこの新制度の提案にはもろ手を挙げて賛成です。
 しかし、第三の論文博士制度の原則廃止には、いささか複雑な問題が絡んでいて、一概に賛意を表しかねます。今回は薬学の立場から、この問題について、私見を述べてみたいと思います。
 まず松尾研究会の論旨を要約しますと、「論文の提出のみで博士号が取得できる現行の論文博士制度は大学院制度自体を歪めていることは明らかであり、原則廃止する。論文博士の場合、昼夜開講制度や夜間大学院を活用し、所定の研究修練を実施する」とあります。戦後新制大学院発足当時、院に進む者は金持ちの師弟か結核患者で、校高の教師以外就職先はなく、健康で意欲のあるものは企業に就職することを勧められました。当時、論文博士取得の際には、学力審査が試験形式で行なわれ、外国語二カ国の文献を一定時間内にどれだけ正確に訳せるか、また日本語の論文を外国語に翻訳できるかがテストされた経緯があります。
 また研究会は現状分析の中で「博士課程修了者の産業界への就職率には増加傾向が見られない。」「現行の大学院には優れた若手を研究者を惹きつけるだけの魅力に乏しく、将来の人生設計図を描きにくい」「論文博士の存在が博士課程の制度自体を歪めている」と述べておられます。
 論文博士制度については、昭和36年3月をもって廃止になるはずでした。筆者はこの制度が存続したお蔭で、学位を取得し、企業から、学位審査権を持つ大学に移籍できました。この経験からすると、大学での研究が、常に最高水準で、発展性のあるものばかりとは言えません。特許に関する問題意識も低く、実用的価値も科学的価値も低いものが多く、「お遊び研究」と名付けたくなるようなものが、これまで多々見受けられてきました。最近、ようやく引用数(サイティングインデックス)で論文が評価されるようになりましたが、まだまだ論文数がものを言う時代です。
 企業からみると、修士卒業者は専門を変えても抵抗が少ないのに、博士卒業者は専攻分野に固執する傾向が強く、世間知らずで視野狭窄な人間が多く、「研究しているだけで飯が食えて当然」という傲慢な発想をちらつかせる事が、企業から嫌われる原因です。
 博士課程制度を脆弱化させている一因に論文博士の存在があると繰り返しこの提案は指摘していますが、現在の雇用制度では低年齢から雇用関係が持続している者ほど、退職時に経済的に有利であり、高学歴で、PDの期間が永い人ほど、退職金をもなく、年金にカウントされない現行制度が問題なのです。ところが、この問題が無視されて議論が行なわれており、論博制度のみを悪の根源と考えるような論調には、筆者は賛成できません。
 経済効果について具体的に紹介しましょう。旧制の高等小学校を卒業し、地方公務員として60歳まで45年間勤めた、知人の退職金は4000万強、年金も月30万を越しておりました。一方、大学院博士課程を終え、更に40近くまで、PDだった友人の場合は、定年までの収入はともかく、退職金と年金は前者の半分以下であることがわかりました。
 日本はまだまだ年功序列型給与体系なのですから、このような、社会構造を無視して、論博制度のみを罪悪視することは頂けません。
 また薬の分野では、他と違って研究テーマの数が極めて多く、数ある薬科大学は単なる薬剤師養成機関であって、研究者養成機関ではありません。数少ない研究者養成を標榜する旧帝大系の薬学部大学院だけでは薬の全分野をカバーできないでしょう。経済的な事情で博士課程に進学できなかった人間に、学位取得の路を閉ざしてしまうのも、疑問です。現状では大学より企業の方が設備も研究費も潤沢であり、最先端の研究を持続できる土壌が整っていると考えられます。
 その証拠はソニーの研究者だった江崎氏、島津の田中氏のノーベル賞授賞例を挙げるまでもないでしょう。
 営利に関係のない基礎科学に限った問題として、松尾研究会の今年度の提案を了とすべきではないでしょうか。

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